2018年5月 7日 (月)

長期休み終了

長期休み終了

仕事モードは明日からに切り替え。のんびり行きますかね。

2018年2月24日 (土)

遠隔地 転勤を言い渡すのはもう嫌だ

毎年ローテーションで遠隔地転勤があるんだけれど、自部署は一人だけ出せば良いとはいえ、行き先の不便をよく知っていて(もちろん善いところもいっぱいあるんだけれど)、少なからず負担をかける業務を割り振って、引っ越ししてもらうというのは、精神的につらい。

もともと、転勤が無い職種の人たちだったんだから。 うう、ストレスだ。

2012年4月23日 (月)

工場爆発…か

三井化学工場で爆発。

爆発事故、というとどうしても昔のイヤな思い出が…、故に気になる。
しかも亡くなった方もいるようで、とても悲しいことだ。

周辺の方々への対処・補償、事故原因の究明、マスコミ対応(何を言っても叩かれる)、事後処理(懲罰対象)などなど逃げ出したい状況のなかで、踏みとどまるのは大変。

関係者の方々がどうか、体壊されませんように。

2011年10月31日 (月)

決断:名言

漫画「あひるの空(21巻)」で印象に残った台詞

「どんなに理不尽な要求だろうが、最後に決断して動くのは自分自身。
決断をすると言うことは自らに責を課すこと。人のせいなんてするな!!!」

”責任者”をやる上で、自分も心がけないとな。

決断をしない、責任をとらない、人のせいにする、”責任者”も少なくないし。

名言だ。

2011年8月20日 (土)

悪夢で目が覚める

ここんところ、悪い夢をよく見る。

会社の危険物を扱っている製造現場で大火災発生、というもの。

しかも、毎回同じ場所。

そこで扱っているものが、扱いを間違えると結構危険なこととか、そこで働いている人が、安全をちょっとなめている姿勢が見えるとかそんなことも関係するんだろうけど。

いずれにしても気持ち悪い。過去のトラウマも影響してるだろうし、最近軽い鬱傾向になっているせいもあるんだろうか。

なんにせよ、眠れない(悪夢ですぐ目が覚める)。今日も、睡眠薬に頼るしかないかー

2011年3月28日 (月)

地震 神奈川は多少マシになったらしい

神奈川の実家から電話。「まあ、なんとかやってるよ」というが、タイヘンなんだろう。

米やらトイレットペーパーやらは多少手にに入るようになったとか。ただ、野菜が原発の影響で手に入らないとか。近所の農家が多少出荷してくれて、店頭に並ぶのだが争奪戦で瞬く間になくなるらしい。

野菜は当分無理だろうな。食べられるものでしのいでいくしかないのだろう。

計画停電も、やるやると言ってやらないので、停電よりはいいが、やらないならやらないで早めにアナウンスが欲しいと言っていた。

情報を速やかに展開する仕組みが必要なんだろうな。

果たしてこれからどうなってしまうのか・・・

2010年5月 6日 (木)

かみ合わない対談

勝間和代VSひろゆき

映像はちょっとだけ見たけれど、終わりまで見る気力無かった。

勝間氏は、ひろゆき氏を論破して、けちょんけちょんにして「どうにかしろ!」と言いたかったのだろうか?

自説のお店を広げまくって、これ以外は認めない、みたいなカンジ。

ひろゆき氏は自説の引き出しを開けた中から、冷静に「こうですよね」と受け答えてる感じ

勝間氏の「あたしは正しくて、アタなの考えは問題あるんだ」的な論調で話を進める対談って、なんなんだろう?

事前に互いのポジションを確認してから、話を始めないと、見せられるものにならないよな。

(似たような感じで、勝間氏ポジションにハマッテ、イライラして事がある)

現状の確認、議論したい主題、大枠どんな方向性を出したいの?
とかすりあわせないと、訳わかんない事になるよな。

これ、ホントにテレビのプログラムか?

うちの会社のグダグダ会議に似たものを感じる。

勝間氏って、対談とか向かないんじゃないのかね?

2010年3月 7日 (日)

夢見悪し

珍しく睡眠薬無しで眠れた朝方。悪い夢で飛び起きた。

「また事故が起こっちゃったよ、コレで3回目だよ。もううちの会社終わり!」的な夢。

工場は壊されて、ただの山になり、その後は何故だか実験用農地になっていると言う、おかしな結末。

工場の安全体制のダメっぷりに対する不満とか、今の現場の緊張感の無さとか、いろんな不安感が噴出してるんだろな。

嫌だなあ。それでなくとも「2度あることは3度ある」って不安になっているのに。

夢見悪すぎる。

や、まあ今の業種から撤退して、農業の発展とかに方向性を変えた方が、国の役には立ちそうなんだけどね。うーむ…

2009年12月31日 (木)

09年を振り返る

大晦日なので、一年を振り返ってみる。

今年は前半は個人的な面で、後半は仕事面でわりときつかった。

前半の個人面は、嫁の入院看護と子どもの面倒をみるので1ヶ月仕事を休んだところが山だったんだけれども、その分の仕事のフォローをしてくれた周囲には大感謝だったし、露骨に嫌な顔した課長にはかなり幻滅した。それでも仕事量が谷間だったので運良くしのげた、という印象。いつもこうはいくまい。

後半は、人員不足のツケが丸っと回ってきて出張仕事が急増。その分会社の仕事のフォローがきつかった。

さらににろくでもない不具合と、事故の頻発(直接的には関与してないだけマシだが)で精神的にきつかった。会社の安全管理者達の無責任ぶりには(うすうす分かってはいたが)あまりの酷さに開いた口がふさがらない事が多かった。

さて来年はどうなるのか、と考えてみると、
個人面は、子育てと、自分たちの体調管理、親の面倒の3本立てなので、ロシアンルーレット的に何かが起こるんだろうな。前向きになれるのは子育てくらいか。

仕事の方では、後半戦の事故・不具合の背景になった体制が簡単に変わるわけではないので、結局同じ状態なんだろうなあ。不況の影響も続くし・・・
今年設備関係の金を何とか引っ張れるように奔走したんで、それが実を結べばちょっとは希望の光が見えるかな。

うーん、大して状況が変わるとは思えないなあ。大過なく過ごせれば、と願うばかりか。

2009年12月26日 (土)

批判記事

新聞を見ていたら、うちの会社の批判記事が載っていた。
そりゃ事故頻繁に起こしてたから、仕方ない。

その中に、自治体にお詫びに来た社長が、取材が来るとは聞いてないと帰りかけた、とまで書かれてるし。

そりゃイカンよなあ。

経営層の本音が透けて見える。
言っちゃえばいいのに。
「退かぬ!! 媚びぬ!! 省みぬ!!」とか。

まあ、言ったら工場終わっちゃうけど。

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